前回に引き続き、一連のGWお出かけ記録三部作の中間です。今回は『端』の章として、「端」をめがけて駆け抜けていきます。
強気にも、シルバーウィーク開始までの完結を目指しています。
既にSW終了から4日が経過、筆者の遅筆癖が露呈していますが、その旅の行方や如何に。
他記事へのリンクはこちらから。
序の章
ワクワクSUN_KOH その序|#からしな日記
https://railandstrolling.blogspot.com/2026/09/sunkoh.html
端の章【今ココ】
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前回最後に友人一行との合流のため、広島駅に戻ってきました。ここからは芸備線の快速みよしライナーに乗車し、その針路を北に進めます。快速みよしライナーはその前身の陰陽連絡列車急行ちどりと、その派生列車急行みよしをルーツとする列車です。近年増発が進められており、都市間輸送においてバスと互角の戦いを続ける数少ない列車の一つと言えるでしょう。
定番気動車キハ47に揺られること70分あまりで終点三次に到着。三次は広島県北部最大の都市にして、鉄道交通も道路交通も同地を通らないものはないほどの交通の要衝のまちです。ここからはレンタカーに乗り換え、向かうのは島根県の『端』、邑智郡邑南町。
今回同地を訪れたのは、島根県邑智郡邑南町下口羽にある、「邑南町三江線鉄道公園口羽駅公園」、通称三江線公園を訪問するためです。
島根県江津市の江津駅と広島県三次市の三次駅を結ぶ路線として昭和50年(1975年)8月31日に全線開通を迎えた三江線は、開通した当初からモータリゼーションの波に呑まれて利用が低迷。平成30年(2018年)3月31日の運行をもって、わずか43年の歴史に終止符を打つこととなりました。
今回訪れた口羽駅は三江線がまだ全通ならざる時代、三江南線時代はその終着駅となっていた駅です。同駅以北は浜原駅までの区間が最後まで未開業区間として残っていましたが、鉄建公団によって山間地には不釣り合いな高規格路線として工事が進められたものの、完成時には既に沿線ではモータリゼーションにより既に鉄道を必要とする人は少なくなっていました。
さて、現在同区間ではNPO法人江の川鐵道さんにより、三江線トロッコ列車が運転されています。今回のお目当てはこちらでした。かつて三江線で走っていたキハ01タイプの外装にカスタマイズされた軌道自転車に勇んで乗り込みます。保線用トロなので乗り心地はお世辞にもよいとは言えないのですが、三江線自体が高規格に敷設されたため、揺れもほとんどありません。
トロッコは走り始めて間もなくトンネルに入ります。洞内は夏でもひんやりとしていました。トンネル自体が緩やかにカーブしているため、前も後ろも光が見えません。
そんな暗闇の中を快走していきます。モーターが大いに唸りをあげていて速度が出ているようにも感じますが、実際には原チャリほどのスピードも出ていないそう。人間の感覚はアバウトなものです。
隧道を抜けると、大トラスが待ち受けていた
そして県境をまたいで対岸の伊賀和志の集落に足を踏み入れたところで折り返していきます。島根と広島、2つの県が入り組むこのエリアでは、管理体制が複雑なためトロッコの運転ひとつとっても多くのステークホルダーがいるようです。権利関係が難しいようではありますが、宇津井駅までの全通に向けて模索と交渉を続けてしているそうです。
そして、島根県の本当の端、「しまねのさいはて」駅に到着しました。隧道内の退避坑に小さな駅設備と、先ほどのトラスの安全を確認するための風速計が設置されています。
トンネル内を戻りながら、ちょっとしたサプライズイベント(詳細は現地で体感してください)を経て、口羽駅に戻りました。
ここからは再びレンタカーに乗って三江線をもう少し探検していきます。
まず訪れたのは伊賀和志駅。「いかわし」と読み、前後の駅が島根県にある中で唯一広島県側にあります。廃止から約8年が経過していますが、今なお駅ホームや待合室といった設備は廃止時の姿を維持しています。
続いて訪問したのは、三江線を代表する『天空の駅』こと宇都井駅です。前後に江の川の橋梁がかかるために高度を下げることができず、結果山間の小駅ながら大都市の高層駅にも劣らぬ116段もの階段を持つ高架駅となっています。
実は筆者は2年ぶりの訪問。駅ノートにも記帳してきました。
谷あいの集落に、突如無機質な塊が出現する
あくる朝は石見川本駅を訪問。
まもなく河川改修工事により駅の三次方の「端」にあるモーターカー車庫と、上り三次方のホームが撤去されるということで、その様子を記録。
三江線はその路線のほとんどが江の川に沿っており、激甚化する災害への対処のためにその痕跡は年を追うごとに失われています。訪問される際は、ぜひお早めに。
こうして三江線を後にし、次なる目的地へ向け芸備線を東進していきます。
まずは1日目に目撃した快速庄原ライナーに乗車して、備後落合へ。
沿線では住人(自治会)の方による旗振りなど歓迎ムードが広がっていましたが、やはり途中下車客の姿はまばらだったように思います。
木次線の線路が見えると、列車はまもなく広島県北東の端、備後落合駅に到着しました。到着後すぐにまもなく新見発備後落合止まりとなる臨時列車と接続を取ります。山中で列車が交錯する同駅は、一瞬大変な賑わいを見せ、そのときは駅舎内で展示されている写真と変わらぬ姿を見せますが、まもなく折返しの列車が発車し、静寂を取り戻しました。
この間に近くのドライブインおちあいへ。おでんうどんは不動の名物ですが、原則秋〜春の限定メニューです。訪問時はGWであるうえ、汗もにじむ暑さのなかなのでまだやっているか不明でしたがお店まで10分ほど歩いて挑戦。
日頃の行いの成果でしょうか、まだ取り扱いがありましたのでこちらをいただきました。
さて、再び備後落合駅に戻ります。駅へ歩く途中、自転車ほどのスピードで木次線の気動車が登場しました。車窓をのぞいてみるに、やはり満席ほどの乗客がいるようです。
駅に着く頃には三方面からの列車が再集合。備後落合は3回目の訪問でしたが、いつでも人があふれているように感じています。これまでに見たどのローカル線の駅よりもずっと人が多いのです。
それでいえば新十津川もいい勝負でしたが、あちらは1日1往復しかない上に盲腸線なので単純比較はできませんね。
もっとも、備後落合駅は盲腸線ではありませんが列車は各路線1日3回しか来ない上、乗り継ぎも良好なので一瞬の賑わいが生じるのは必然とも言えます。
発車を待つ木次線の列車
木次線は、かつては広島と出雲から米子にかけて広がる山陰の中心地域とを結ぶ、準幹線的地位を占める路線でした。急行ちどりは同線を経由しない伯備線経由の系統を含めて3往復が運転されていたほどです。しかし、現在は途中の出雲横田〜備後落合の末端区間は1日3往復のみの設定となっています。
西日本唯一の3段式スイッチバックをもつ出雲坂根駅
列車は急峻な坂道を下り、途中の出雲坂根駅でスイッチバックを行います。かつて運行されていたトロッコ列車奥出雲おろち号では、同区間の運行の利便性を図るためか展望側のスハフ13-801号車には運転台が取り付けられていました。おろち号の引退後に運行を開始した観光列車あめつちは同区間を登坂できないとされ、同駅止まりで運行されています。
列車はさらに山を下っていき、山陰線との乗換駅宍道に到着しました。
ここからは一旦出雲市街を目指します。
といったところで、やや唐突な感もありますが今回の記事はいったんここでおしまいです。
最初にも示した通り、今回は『端』の章。末端から末端を行ったり来たりする旅の記録となりました。
今回初めての試みとして、移動状況を図に起こしてみました。
旅行中も薄々感じつつ改めて図にしてわかったことなのですが、今回の旅行区間は列車が非常に遅いため、時間がかかる割には移動距離はほとんど伸びていません。
乗車距離にしてわずか140kmたらずを移動するために、丸一日を費やしています。
だいぶスローな旅路になってしまったようです。
次回、一気にGW旅行は最後の仕上げへと差し掛かっていきます。
記事は以上となります。
今回もお読みいただきありがとうございました。次回もお読みくださると幸いです



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